Claude Codeを使ってLinuxカーネルにコードを書いた――Linus Torvaldsがそう明かした更新を、ZDNetは開発者とAIの関係における転換点だと位置づけています。8スレッドでの読み込み性能が秒間9.9〜10.4百万回から30〜33百万回に伸びたという実測結果と、「本当に重要な場面でAIを使うには慎重さが要る」という開発者自身の留保を、どう読むかが論点です。
Torvaldsが明かしたClaude Code利用、ページキャッシュの競合に対処する変更
LinuxカーネルのメンテナーであるLinus Torvaldsが、カーネルコードの開発にAIコーディング支援ツール「Claude Code」を使ったことを、自身のGitへの提出コメントで明らかにしました。コメントには「上記リストの背後にあるコード、テストプログラム、レビュー、そしてこの文章の最初の草稿は、私の指示のもとでLLMコーディングアシスタント(Claude Code)が作成した」と記されています。この変更は「noref-filemap-read-with-llm」という名前のブランチとしてgit.kernel.orgで公開されています。対象になったのは、Linuxの「ページキャッシュ」と呼ばれる仕組みです。これはファイルのデータをメモリ上に保持しておく領域のことで、複数のスレッド(処理の実行単位)が同じキャッシュから少しずつデータを読む際、参照のたびにカウンタを更新する必要がありました。このカウンタ更新は複数のCPUコアが同じメモリ領域を取り合う形になり、処理の足かせになっていたといいます。ZDNetの報道によれば、この問題は2024年から知られていたものの、これまでの修正の試みは実を結んでいませんでした。
Torvaldsが実施した検証では、4コア8スレッドのIntel Core i7-8565Uノートパソコン上で、8つのスレッドが同じページに対して16バイトのpread()呼び出し(ファイルからデータを読み出す処理)を繰り返したところ、問題のカウンタ更新による競合が、コア間で発生する負荷全体の99.92%を占めていたとされています。ほぼ丸ごとこの一点がボトルネックになっていた、ということです。TorvaldsとClaude Codeが提案したパッチは、キャッシュから外されたメモリを即座に再利用するのではなく、「RCU」と呼ばれる猶予期間が過ぎるまで再利用を遅らせる方式に変更しました。これにより、読み出し処理がカウンタを更新せずに、データを直接コピーできるようになったといいます。
この変更による数値の物差しとして、同じ検証内での比較を並べると分かりやすくなります。8スレッドでのスループットは秒間9.9〜10.4百万回から30〜33百万回へ、1回の読み込みにかかるカーネルのCPUサイクル数は約2,950から725へと変化しました。単純計算では読み込み速度がおよそ3倍、1回あたりの処理コストは4分の1程度に縮んだことになります。一方で単一スレッドでの読み込みは、1回あたり約452〜454サイクルから408〜409サイクルへと、変化の幅は小さなものにとどまりました。Torvaldsはプルリクエストで「CPUが多い、あるいはソケットが複数あるマシンでは、もっと伸びるはずだ。それより大きい環境ではまだ測定していない」とも書いており、この実測値が特定のノートパソコン1台の条件に限られることを本人が明言しています。
Torvaldsの慎重な姿勢と、未解決のまま残る課題
ZDNetは今回の動きを「開発者とAIの関係における転換点」と位置づけつつ、Torvalds自身が「本当に重要な場面でAIを使うには、よほど慎重である必要がある」という趣旨の発言をしていたことも伝えています。Linuxはまさにその「重要な場面」の代表格であり、この発言と今回のコード採用が同じ人物から出ている点に、記事は注目しています。実際、今回の「noref-filemap-read-with-llm」というブランチ名のパッチについて、ZDNetは「未解決のメモリ回収の課題と性能の後退(リグレッション)が、本番のカーネルコードになる前に解決されなければならない」と明記しています。つまり、ベンチマークの数字が良くても、そのままでは製品版に取り込まれる段階にはない、ということです。
この点については、日本語メディアのGIGAZINEも報道しており、「noref-filemap-read-with-llm」ブランチが次期Linux 7.4のマージウィンドウ(新機能を取り込む期間)に組み込まれるかどうかは、まだ分からないと伝えています。GIGAZINEはまた、Torvaldsが別の場面でもAIを使い、コードの可読性改善と、長く見つかっていなかったバグの発見につなげた例があったことも紹介しています。さらに、Linuxカーネルの開発コミュニティ内では、AI・LLMツールの利用を示すために義務づけられていた「Assisted-by:」タグの要件を撤廃する議論が進んでいるともいいます。GIGAZINEが引用したコミュニティの反応には、Torvaldsの今回の対応を好意的に受け止める声があったことが記されています。
経営者やITマネージャーがこの事実から確認できるのは、ベンチマーク上の性能改善とプロダクション投入の可否は別問題だという線引きです。今回のケースでも、数値の伸びと未解決の回収問題は同じ記事内で並べて語られており、片方だけを見て評価するのは早計だといえます。
用語補足:RCU(read-copy-update)
今回のパッチでは、キャッシュから外されたメモリの再利用をRCU(read-copy-update)の猶予期間が過ぎるまで遅らせることで、読み込み処理がfolioへの参照を取らずにデータを直接コピーできるようにしています。ただし、この記事が伝えるのは「性能が改善した」という実測結果までで、再利用を遅らせること自体がもたらす別のメモリ管理上の課題については、出典記事も「未解決」としており、解決済みとは述べられていません。
注目ニュース
Linux Foundation、Torvaldsの基調講演をプラハのイベントで予告
「Open Source Summit Europe」が2026年10月7日から9日にかけてチェコ・プラハで開催されることと、10月9日午前9時55分からTorvaldsとEricsson Software TechnologyのDirk Hohndelによる基調講演が予定されていることが、イベントページに記載されています。Hohndelはこれまでインテルのチーフ・リナックス・アンド・オープンソース・テクノロジストやVMwareのチーフ・オープンソース・オフィサーなどを歴任した人物です。同イベントでは他にも、openEulerのXinwei Hu氏による基調講演が予定されていたと記載されています。events.linuxfoundation.org
ConnectWiseの認証情報侵害、Microsoft 365テナント173件への不正ログインに悪用
ConnectWise Cloud Backup(旧SkyKick)に属するMicrosoft 365の認証情報が侵害され、何者かがこれを使って顧客のMicrosoft 365環境173件に不正にサインインしていたことが、セキュリティ研究者の調査で明らかになりました。ConnectWise Cloud Backupは、マネージドサービスプロバイダー(MSP)向けに提供されているクラウドベースのバックアップおよび復旧サービスです。侵害された認証情報がどのように取得されたか、不正アクセス後に何が行われたかについては、今回確認できた報道の範囲では記載がありません。The Hacker News
編集後記:3倍という数字が指す範囲の狭さ
今回の記事で何度も立ち止まったのは、8スレッドでの性能が3倍前後になったという数値の扱い方でした。この数字は4コア8スレッドのノートパソコン1台という条件下での結果であり、Torvalds自身も「CPUが多いマシンではもっと伸びるはずだが、測定していない」と書いています。単一スレッドでの改善幅がごくわずかだったことも合わせて考えると、今回の成果は「特定のワークロードに効く特定の修正」というのが実態に近いところです。AIがカーネル開発に関わったという事実の大きさと、その成果の射程の狭さは別々に評価する必要がありそうです。この技術が実際にLinux 7.4へ組み込まれるかどうかは、未解決のメモリ回収の課題を含め複数の要素が絡む話であり、記事の時点ではまだ分からないとされています。
